第73回 東京藝術大学 卒業・修了作品展

ママがいつもだいすきって
いってくれるのがうれしいよ
パパとこちょこちょして
あそぶのがたのしいよ
あとね、パパがいっつも
おならしておもしろい
なんかいっぱいおもちゃとかさ
おかしとかかってくれるし
いっつもあそんでくれる
ぬいぐるみなげがたのしいよ
A.I さん 4 歳
チャーハンまえに作ったでしょ
ママはりょうりする時におしえてくれるし
おかいものしてくれる時に『はいはいもう一コだけね』っていってかってくれる
じじばばはお正月のときにお年玉をくれるのがうれしいよ
A.I. さん 9 歳

いつもかわいいよ。
いつもだいすきだよ。
いつもありがとう。
らんどせるはあかだよ!
A.K. さん 6 歳

私は 1〜2 才時分に祖母宅で育った時期がある。私の子どもが生まれたばかりの頃、深夜に授乳する際に、寝かしつけのためによく子守唄を歌っていた。ある日、祖母が歌っていた記憶のある子守唄を、うろ覚えながら歌っていたら、突然、祖母が添え乳しながら添い寝してくれているビジュアルや祖母の匂いがありありと蘇ってきた。その記憶は全くなかったのに、深夜に暗い寝室で子どもを抱いて子守唄を歌う状況がトリガーになったのか、あまりに鮮明な記憶として蘇ってびっくりした。赤ちゃんの頃の記憶は忘れてしまうと言われるが、脳の何処かに記憶はそっと仕舞われているのかもしれない。私が覚えていなかった、乳幼児期に祖母が注いでくれた愛を感じられたことが嬉しく、またその愛は私から子どもへ巡っていくのだなと、時空を超えた繋がりを感じた。私の子どもも、赤ちゃん時分のことはすっかり忘れてしまっても、いつか我が子を胸に抱いた時に、ある日突然、記憶が蘇るのかもしれない。
H.K. さん 46歳

私は、38歳の5月に上越市吉川区大賀という棚田の集落で都市部在住のグループの一人として
田植えなどを通じて集落やグループの方々と交流を重ねることになった。それまで「ご縁」という言葉を使う人に対して、「胡散臭さ」や「まやかしさ」を感じていたし、物事は早いに越したことはないと考えていたが、その集落やグループの方々との交流の中で、「ご縁」や「タイミング」があることを前提としてものごとを捉えることになった。そうして過ごすと、どんな出会いも有難く、貴重なことに思うようになった。そして、人は食べ物をいただいて生きているのではなく、食べ物を介して想いをいただいて生きているのだと捉えるようになった。
O.S. さん 44 歳

危ない道。見通しの悪い道。
行くのが億劫な所は、そもそも行く計画すらしない。
そんな一人だったら行かない所を二人だったら進んでいける。
K.K. さん 43 歳

ある歌詞や詩に励まされている若者たちの声を聞いたとき。その歌詞や詩があるから困難を乗り越えて今にたどり着いた救われる人、救っている人。人と人の影響を知った時に、感動が大きく、豊かな心になれる気がします。その才能を世に出してくれて、たくさんの人の心を支えたり、救ってくれてありがとう。その子を育ててくれた親達にありがとう。この人が世に出て来れるチャンスがあったことにありがとう。その歌詞や詩を自分と重ねて咀嚼して、前向きになったり踏ん張って生きてくれた君、ありがとう。どちらも知らない人であっても、ありがとうという気持ちで、胸が熱くなります。
M.Y. さん 51 歳

私は3人兄弟なのですが、父の方針で3人とも幼稚園入園前から水泳を習っていました。「多くの習い事の中でなぜ水泳だったの?」と聞いたことがありました。ある海難事故で泳げる子供だけが助かったことがあり、父は自分の子供には、自ら命を守れること、その一つとして水泳を習わせようと思ったと話してくれました。年頃になって、失恋したときには「自分の実力以上には幸せになれないよ」と。父はわかっていたんです。ちょっと条件の良い人だったので、わたしがそれに乗って生きていこうとおもっていたことを。その言葉で少し生き方が変わりました。父は、常に鼓舞するわけでなく、「やらなきゃ、やらないだけの人」と節目に声をかけてくれた。それが自分の芯のかたちをつくっている父は4年前に他界したけれど、寂しくないとそうとおもうのは心の中で生きているから。
Y.U. さん 59 歳

人と同じものではないものに魅力を感じるという習性は親がルーツかもしれない。ランドセルはその頃、誰もが女子は赤だったのに、私は茶色。木琴は薄いグリーン。洋服は母の手作りでみんなとは違うデザイン。シックな色を着ていた。モスグリーン、グレイとか。人と違うものを持つ、繕うことが嬉しかったし、ちょっと誇らしかった。
A.O. さん

妹は旅順の寄宿舎に入ってたわけで、私達は父のいる興安っていう所にいた。妹は寄宿舎の仲間と一緒に大連に引き上げてリンゴ売りをやってる時に、ロシア人のマダムと知り合って、そのマダムが引き揚げの手続きをしてやるって言って、それでまあ貨物船に乗ることが出来たの。そうしたらみんながね『ここにアカが乗ってる』って。みんな海に叩き落とせっていうことになって。私たち赤大根じゃないっていって、そうじゃないっていうことを言って生き伸びてきたの。
M.S. さん 97 歳

父との確執がある時期があって、毎日拷問なのか洗脳なのかわかんないぐらいボロボロに言われてて、どれだけ頑張っていい結果を出しても認めてもらえないし、それで自信がなくなった時期があって。その頃から自殺願望とかもあったし。でも母とか今の彼氏がずっと認めてくれたところがあって、もう立ち直れないくらいにズバーンと落ちた時とかも、母は助けに来てくれたり、どれだけ自己嫌悪におちいっちゃった時でも彼めっちゃ褒めてくれるんです。なんか適当にほめるじゃなくて、ちゃんと認めてくれる。なんかそれですごい大丈夫って思えるようになって。
A.Y. さん 24 歳
あとがき
この度の作品制作にあたり、「人との関わり合いの中で生まれた心の実り」をテーマにインタビューを行い、それぞれのエピソードを果実の形として想像しながら制作を進めました。お寄せいただいたエピソードは多岐にわたり、厳しい環境の中で育った果実のように困難を乗り越えて実った心の実りや、愛情に包まれて大切に育まれた心の実りなど、様々な姿を垣間見ることができました。人々が果実を食して体を作るように、それぞれの心に実った果実が人生の糧となっていることに、私は神秘的な美しさを感じました。辛い記憶を思い起こす場面もあったにもかかわらず、ご協力いただいた皆様に、この場を借りて深く感謝申し上げます。